にょろにょろニッチ雑記

Google検索で見つけられない、ちょっとマニアックでニッチな雑記を書き散らします。

ダメな新人だった自分を振り返る

仕事の関係で久々に就職1〜2年目の時の上司に会いました。
へらへらと笑って話しかけてきた元上司に対して、顔を引きつらせずに対応できていたかどうか。

新人当時の私は肉体的な負荷の大きいルーチン業務を坦々と長時間こなす部署に配属された結果、わかりやすく職場不適応を起こして、半年間死んだ魚のような目をして過ごしました。
そんな新人は先輩方に面倒を見てもらえるはずもなく、見事に嫌われて、諸々のミスのスケープゴートにされるばかり。
仕事は盗んで覚えろという方針の、価値創造の程度もスキルの程度も低い職人の世界じみた職場での日々は辛い思い出ばかりです。
仕事も全くうまくいかず、というかルーチン業務など上手くいこうがいくまいが上司も部署も社全体としてもどうでもいいことにも気づけず、鬱一歩手前で踏みとどまる日々を過ごしていました。

その会社で一応やりたいことがあったのですが全くできそうな気配もなく、精神的にも追い込まれて、ただ肉体的にも精神的にもきつい日々の何が辛いって、仕事が全く覚えられないこと以上に、自分で考えて何かをすると必ずボロクソに言われたことです。
今から思えば当然です。
ルーチン業務に個人の工夫なんて必要とされていないのですから。
しかし当時はそれすらもわからず、まあ今から考えれば無駄で報われようのない努力を繰り返していました。
悲惨な1年目でした。

今から思えば、やりたいことができそうだから入った組織で、そんなことは4年は我慢しないとできそうもないとわかった時点で辞めるべきでした。
世の中に価値を提供するやり方を少しだけ学んだ今ならば、どうすれば食いっぱぐれないでいられたかわかります。
しかしながら当時はわからず自信もなく、混乱しており、惨めでした。
精神的な恐慌状態が1年以上続いており、まともな判断ができる状態ではありませんでした。
まともな判断ができなかったので、当時の上司に価値判断とアドバイスを求めました。
返ってきた答えは「俺は忙しい、そのくらい自分で考えろ」でした。

自分で考えた結果、もう無理だという結論に至りました。
これはもうあかんなあと思い、辞める意思を明確にすると、会社は慌てふためいて別の部署への異動をちらつかせてきました。
今考えれば、とっとと辞めてしまえばよかったのですが、当時はその判断ができず、私は異動に応じてしまうのです。
無知だったなあと、心底思います。

それから数年が経った今、私は外部と売り込み以外の形で折衝を頻繁に行う、比較的裁量の大きい仕事をしています。
自分のどんなところがありがたがられるのかわかるようになり、多少の自信もつきました。
世の中に価値を提供するための方法論もある程度実践できるようになりました。
理不尽で肉体的・精神的に厳しいルーチン業務をもう一度することになるのなら、私は迷わず職を辞すつもりです。
そのために普段からどう保険をかけておくべきかについても自覚的になりました。
自分が何をしたくて、どうなりたくて、そのためにどうすればいいのかもはっきりしています。
それでも、当時の辛かった時の記憶は時折フラッシュバックしてきます。
使えないと言われたり思われたりすることに、今でも恐怖に似たものを感じます。
同時に、二度とそうならないように、同じ職場の人間に貸しを作り弱みを握ろうと汲々としています。
くだらないとわかっていても、やめられないのです。
昔の上司のにやけた顔を見て、そういったことが一気に頭に押し寄せてきて、軽い恐慌状態を起こして半日ほど過ごしたのでした。
そういう経験のない同年代の人たちの無邪気な振る舞いがひどく眩しいと思うようになるなど、就職する前は夢にも思わなかったのに。
げに恐ろし気は労働にまつわる固定観念とでも言うべきか。
本当に恐ろしかったです。 もう二度とあんな目に合わないように。
しっかり立ち回ろうと気持ちを新たにした週明けの午後でした。